「ハインリッヒの法則」というものをご存知でしょうか。
この図の通り、1件の重大な事故や災害が発生する裏には、実は29件の軽微な事故や災害が発生しており、さらにその裏には300件のヒヤリ・ハット(事故には至らないものの、ヒヤリとしたりハッとしたりした事例や経験。端的に言えば「うわっ、危なかったー」というもの)があるという法則です。
要するに、300件のヒヤリ・ハットや、せめて29件の軽微な事故や災害の段階で何かしらの対処をして、重大な事故や災害が発生することを防ぎましょうという、重要な教訓でもあるのです。
航空業界など、重大な事故が人の命に関わってくるような世界では、ともすればヒヤリ・ハットのレベルであってもマスコミが取り上げてニュースになります。
それは裏を返せば、それを絶対にうやむやにせず、その段階で手を打って、断じて事故の発生を防いでもらわなければならないからなのです。
人は、コトが起きるまで何もしない
ところで、何故こんな話をいきなり始めたかというと、人間はつくづく、コトが起きてからでないと、対処が出来ない生き物なんだなぁと感じることが多いからです。
政治の世界などを見ていてもそれは感じることがありますが、そこまで大きな話でなくとも、個人の日常レベルであってもそういう事例は枚挙に暇がありません。
例えば。
何となく体調がおかしいし、疲れがなかなか取れない。病院に行って診てもらいたいけど、面倒くさいし、そもそも忙しくて時間もない。
結局、特段何もしないまま、無理だけを積み重ねていく。
そんな状況の先にあるのは、ある日突然倒れてしまうという、不幸だけかもしれません…。
そういう人を、つい先日も目にしました。
そこに至るまでに、何かしらの対処のしようはあったはずです。
何事も、実際に起こってしまう前に何かしらの兆候が必ずあり、その段階であれば、どうにかしようがあるはずなのです。
だけど、多くの人は、それをしない。
あなたにも、思い当たる節はありませんでしょうか?
多くの起業家も例外ではない
さて、同じようなことが、実はビジネスの世界、ひいては起業家の方々においても、往々にして起こっているのです。
例えば、順調に売上を伸ばしていた事業において、いつしかその伸びが頭打ちになり、さらには徐々に低下してきてしまったとします。
こんなこと、ビジネスの世界にいれば、当然のようによくあることです。
そして、この時点で何かしらの手を打てば、低下を食い止めて再び上昇気流に乗せるといったことも大いに可能なはずなのです。
あるいは、きっぱりとその事業からの撤退を前提に、新規事業を計画するといった方向もあるでしょう。
ところが実際には、驚くほどそういったことをしない起業家が多い。
要するに、何もせず、ただ指をくわえて見ているだけなのです。
※注 この原稿を読んだ知人から、「指をくわえる」という表現は、「うらやましく思いながらも、手を出せずにいる」様子を指すものであり、誤用ではないかとの指摘がありました。 しかしながら、ニュアンスは伝わるかと思いますので、あえてそのままにしておきます(笑)。 日本語って本当に難しいですね・・・(笑)。
最終的に、その事業はおろか、自らの起業や会社の存続自体を揺るがす事態にまで発展して、初めて慌て始めるといった始末です。
いやいやそんなことある訳がない、こと自分は絶対にそんなことはしない、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に色々な起業の実例を見聞きしていると、そういう起業家は本当に多いのです。
結局、人間とはそういうもので、そういうところに弱みがあって、それを克服出来る人が、どんな世界でも強いのかもしれませんね。
それでも事故や事件は起きてしまう
身近な事故や事件を例に、事前の「対策」という部分に少々触れておきたいと思います。
少し前の話になりますが、とある大手通信教育会社で発生した個人情報流出事件が大きな話題となりました。
流出した個人情報は、最大で数千万件にも及ぶという大規模な事件であり、役員の辞任など同社の対応のみに留まらず、関連会社や業界、はたまた政府などをも巻き込み、日本中が大騒ぎとなったことは、多くの方にとって未だ記憶に新しいでしょう。
この事件、名簿業者への大量売却などが背景にあることも分かり、若干複雑な様相を呈していましたが、元々は、システムを請け負っていた外部業者の派遣社員による顧客データ持出し(私物のスマートフォンと、内蔵のSDカードを利用)に端を発するものです。
これに関しては、そもそも私物のスマホが持ち込める状況であったことなど、大規模な個人データを取り扱う環境にしては、あまたの抜かりがあったことは否めません。
しかしながら(決して事件を起こした件の会社や、外部業者などの関係者をフォローする訳ではありませんが)、こういった個人情報流出を防ぐなどの対策、いわゆる情報セキュリティ対策においては、どこまでやっても何かしらの抜け道が残ってしまったり、相当な悪意を持った人間の前では無力だったり、といったことも多いものです。
そのため、強固な情報セキュリティ対策を謳っている企業や組織であっても、実際には、多分に性善説に依っているところが多いというのが、恐らく現実ではないかと思います。
「だから仕方がない」といった単純な話ではなく、その際に大事になってくるのが、実際に事件や事故が起きてしまった時のためにどういう対策がとられているかという、いわゆる「パッシブセーフティ」と呼ばれるものなのではないでしょうか。
当ページの見出し通り、状況によっては確かに「事故が起きてからではもう遅い」といった側面は大いにあるのですが、それでも起きてしまった時のためにどうするか、被害や影響を最小限に食い止めるために何をしておくべきか、といったパッシブセーフティの考え方は、重要であるはずです。
すなわちパッシブセーフティとは、交通事故で言えば「ヘルメット」や「シートベルト」といった、事故が起きてしまった際の被害を軽減するための対策です。
これに対し、「アクティブセーフティ」とは、自動車についているABS(アンチロック・ブレーキ・システム)やTCS(トラクションコントロールシステム)、最近の技術で言えば人間や障害物などを検知して衝突を回避する「自動ブレーキシステム」など、そもそも、事故そのものを起こさないようにするための対策や考え方のことです。
どうも日本の経営者には、アクティブセーフティしか認めないようなところがあって、パッシブセーフティ(広い意味では、「保険」なども含まれますね)に対しては重きを置かず、予算を渋ってしまうような傾向がある気がしています。
さらには、たとえパッシブセーフティによって事故や事件の被害が最小限に食い止められたとしても、そこに価値は見出せず、アクティブセーフティによってそれ自体を防げなかったことばかりを責めるような、そんな風潮も根強く残っているようです。
確かに、アクティブセーフティによって、事故や事件そのものをすべて防ぐことが出来るのであれば、それに越したことはありません。
しかし実際には、どんなにアクティブセーフティで対策を固めても、上述したように、抜け道があったり、常人では考えも及ばないような悪事を働く輩が現れたりして、事故や事件は起きてしまうものです。
そこに、100%はないものと考えていたほうが賢明なのです。
99.9%安全でも、(そこに明確な意図があろうが、あるいは無意識であろうが)残りの0.1%を突いてくる人間が、必ずいるのです。
そして、そのために、パッシブセーフティという考え方があるのです。
アクティブセーフティとパッシブセーフティ、どちらかに偏ることなく、両面から、かつ双方を補うように対策を講じておくことが、これからの時代はますます大事になってくるのではないでしょうか。