事業を行う際には、相手(ターゲット顧客)を明確にイメージするべきであると言われています。
もちろん、ターゲットが明確でないと、企画・開発する商品・サービスのコンセプトや目的がブレてきてしまうなどの理由からですが、これは企画・開発時だけでなく、既存の商品・サービスを売り出す際の広告や宣伝の文句一つとっても同じことです。
「ファジーの時代」「ファジーの魅力」など、「ファジー」(不明確・曖昧・柔軟といった意味)という言葉が一般的にも広く使われるようになってから随分と久しいですが(久しすぎて、現在ではほぼ死語となっているようですが(笑))、そんな時代においても、広告や宣伝文句(売り出し方)だけは、ファジーであってはならない面があったのです。
これらは極めて基本的な事項ではありながらも、いざ自ら事業を運営していく過程においては、意外と忘れがちなことです。
絞り込むことで深く訴求する
例えば、
「カッコいい体型になりたい方へ」
というキャッチコピーを見た時に、人はどんなことを頭に思い浮かべるでしょうか。
「カッコいい体型って何だ?」
「8頭身になるのか?」
「足が長くなるのか?」
「筋肉もりもりになるのか?」
「お尻が引き締まるのか? 」
「このポッコリお腹が引っ込むのか?」
まさに十人十色、人それぞれの内容が頭に浮かぶのではないでしょうか。
要するに、このキャッチコピーは、全くもって不明瞭、どういう結果が得られるのかがハッキリしない訳です。
普通に考えてみれば、「カッコいい体型になりたいか?」と問われれば、恐らく100人中ほぼ100人が「Yes」と答えるはずです。
それ故、より多くの人に訴求したいがために、すなわち、より販売機会を多く設けたいがために、こういったキャッチコピーは往々にしてやってしまいがちです。
しかしながら、実際は逆の結果になることが多いのです。
つまり、曖昧で意味が広すぎるキャッチコピーは、人々に深く訴求することがないのです。
ターゲットをはっきりと意識して、絞ったものにしないと、なかなか売れてくれないというのが現実なのです。
例えば、
「お腹まわりを絞って、割れた腹筋を手に入れたい方へ」
とすれば、結果が明確にイメージ出来て分かりやすく、ターゲットは随分と絞られますよね(この文言がキャッチコピーとして秀逸かどうかはさておいて)。
ちょうどお腹まわりにコンプレックスがあって、割れた腹筋に憧れていたような人であれば、まさに飛びつきそうなキャッチコピーと言えるでしょう。
要するに、どういった状況の人に対して語り掛けているのかが、明確にイメージ出来るので、こういったキャッチコピーのほうが結果が出ることが多いのです(実際には、法律等の問題で謳えない表現などもあるかもしれませんので、そこは注意しながら検討することになります)。
どこまで絞り込むか
ところで、そういう観点で考えると、当サイトのタイトルである
「起業で成功したい方へ」
も、例えば、
「IT業界で起業して成功したい方へ」
としたほうがよりいいのかもしれません(ちなみに実際には、当サイトはIT業界で起業して成功したい方向けに限ったものではありませんので、ご注意を)。
もっと絞って、
「IT業界で起業してお金持ちになりたい方へ」
とか、あるいは、そもそも「IT業界」という言葉自体が非常に広い概念ですので、
「Webプログラマとして起業してお金持ちになりたい方へ」
などとすればもっともっと絞り込まれて、随分と明確になりましたでしょうか(しつこいようですが、実際の当サイトの内容とは関係ありません)。
実際は「Webプログラマ」という職種自体も、まだまだ分類が可能な括りですので、さらに絞り込むことが出来ます。
これも実は非常に重要なことで、あまりにファジーで広すぎるのもよくありませんが、逆にあまりに絞り込みすぎるのも、市場がニッチすぎてなかなか売れない、あるいはそもそも市場がなくて全く売れない、ということになってしまうのです。
つまり、どこまで絞り込むか、どこまでニッチに持っていくか、ということも、慎重に見極めなければいけないということなのです。
絞り込む意識と、ベクトルの一致
さて、ここまで話してきたことは、今回例として用いたキャッチコピーについてだけではなく、事業を運営する上で、関わる人たち全員における「意識」においても同じことが言えるでしょう。
全員が同じ意識を持って、絞り込まれたターゲットを明確にイメージし、そこにベクトルを一致させれば、それらが相乗効果となってより成功が近づくということです。
いわゆる「母数」を広く取ることは、誰しもがやってしまいがちなことであり、意識もそっちに向きがちですが、不明瞭であるが故に誰にも訴求しないのであれば、まさに本末転倒です。
つまり、なかなか思うような結果が出ない時には、思い切ってもっとターゲットを絞り込んでみるというのも、一考する余地があるのです。