会社などの組織はよく船に例えられ、経営などそれを運営することはよく航海に例えられます。
その航海において、うまく舵取りを行うのが起業家や経営者などのトップという訳です。
確かに、経営や事業運営は、船で大海原を航行するようなものかもしれません。
もし、組織を良いものにしようと考えるのであれば、メンバー全員が同じ船の船員であるという意識をまず共有しなくてはなりません。
いつ荒波が押し寄せてくるかも分からないし、無事にどこかの島へ辿り着けるかどうかの保障もない中で、漂流や沈没を免れるためには、皆が力を合わせなければならないからです。
そんな状況において、誰をその船に乗せるか、すなわち、一緒にやっていくメンバーを決めたり、人材を採用したりすることが、いかに重要で慎重を要するかは、言わずと知れたことでもあるのです。
「ノアの方舟」の話
旧約聖書の「創世記」にある、「ノアの方舟(はこぶね)」の話は有名ですよね。
人間の堕落が怒りに触れ、神が、人類すべてを滅ぼすための大洪水を起こします。
しかしながら神は、ノアにだけはそれを前もって知らせ、ノアは思し召しに従って大きな方舟を造り、自分の家族と、すべての動物のつがいを乗せるのです。
大洪水はやがて地上のすべてのものを滅ぼし尽くしますが、ノアを始め、方舟に乗っていた生き物たちだけは、無事に事なきを得るという訳です。
この話において、ノアが誰を方舟に乗せ、誰を乗せないかということについては、極めて選択の難しい、非常に大きな問題だと思います。
しかし実は、ノアにとっては、神の思し召しに従うだけでしたので、深く考える必要がありませんでした。
すべての動物のつがいを乗せる…すなわち、すべての種類の動物が滅びることのないよう、子孫を作れるようにしたという訳で、その目的も明確だったからです。
人材面で失敗している起業家は多い
さて、話を「ノアの方舟」から現実に戻しましょう。
企業経営や組織運営における「誰を船に乗せるか」という問題も、神がノアに示してくれたくらい分かりやすく、目的が明確であれば苦労はないのですが、実際はそんな簡単にはいきませんよね。
だからこそ、いつの時代も、起業家や経営者が人材の問題について頭を悩ませている訳です。
昨今は、極めて人材の流動化が激しい時代と言われており、終身雇用が当たり前だった一昔前まではある意味で罪悪であるかのように語られていた「退職」や「転職」も、今では全く珍しいものではなくなりました。
同時に、自ら事業を興すという「起業」についても、「起業ブーム」などという言葉すら生まれてしまうくらい、多く見られるようになったのです。
ただ、起業家や経営者という組織運営側からしてみれば、人材の流動化が激しいというこの状況は、いわば、自らが抱えている優秀な人材の流出危機でもある訳です。
今や、人材の採用においても、対象者が現在持っているスキルや、将来性などのポテンシャルに加え、ダークな部分も含めた本音や素の部分もきちんと見極める努力をしないと、ゆくゆく大いに痛い目を見ることになる時代です。
それを怠り、安易に採用した人材など、平気で組織に食ってかかり、何かあればすぐに辞めていってしまうからです。
まさに、飼い犬に手を噛まれる事態がそこここで発生しているという訳です。
現在、人材の採用という部分で失敗している起業家は大勢います。
起業家としての素質や能力を持ち合わせていても、それに加えて、たとえ人並み以上の努力をしていても、人材面における首尾の悪さが事業運営全体の足を引っ張り、なかなか大成しないという人が多いのです。
起業して間もなかったりで、人数も少なく、組織規模もまだまだ小さい段階で、「人材を採用する」ことに踏み切るのは、実はかなり勇気のいることです。
例えば、5名採用して、そのうち1名でも失敗の人材が含まれていたら、その比率は20%です。
これは決して小さくはない数字です。
「80対20の法則」ではありませんが、その20%が、全体の80%以上の不利益を生み出していることだって往々にしてあるからです。
※「80対20の法則」は、「パレートの法則」と言ったほうがご存知の方が多いかもしれません。ただ、厳密に言えば両者は別のもののようです。
人材は諸刃の剣である
事業発展のため、必要に応じて組織を拡大することは、非常に重要なことです。
拡大途上においては、優秀な人材を採用することが、事業戦略の根幹を担ってくるでしょう。
言い換えれば、優秀な人材の確保が、拡大・発展のために欠かせないファクターとなってくるのです。
しかしながら、人材というものは優秀であればあるほど、諸刃の剣であると言ってしまっても決して過言ではありません。
拡大・発展のために欠かせない一方で、事業や組織を衰退させ、凋落させ、すべてを崩壊させるファクターともなり得るのです。
だからこそ、人材の採用は極めて慎重に行わなければなりません。
そこには、銀の弾丸などあり得ません。
「これをやっておけば絶対に大丈夫!」などという特効薬はないのです。
ただ、例えば、面談におけるトークテクニックや、本音を引き出すための有効な質問といった類いのノウハウが、存在することは確かです。
そういったものを勉強したり、研究したりすることを、私は決して否定しません。
しかしながら、最終的には、起業家や経営者としての直感と、有事に備えたリスクヘッジがすべてであると思っています。
すべての人材に対して「何も信じるな」「すべてを疑ってかかれ」「大いに疑念を抱け」などという意味では決してありませんが、何かあった時のために、意識改革や啓蒙といったメンタル面、そして、制度・ルールや仕組みといったシステム面、その双方から、確固たるリスクヘッジをしておくことは極めて重要になってくるでしょう。
残念ながら、今はそれが必要な時代なのです。
悲しいかな、今はそれが現実なのです。
起業家が、「頼れるのは自分自身だけ」といった気持ちに苛まれ、いつでもどこでも常に孤独であるというのは、実はそういった現実からも感じられることなのです。
※参考 →「起業家は孤独である」