とある起業家の体験談で、こんな話があります。
従前から存在する商品について、大幅なバージョンアップを施し、「リニューアル・キャンペーン」と大々的に謳いながら、鋭意販売を開始したそうです。
ところが、最初こそキャンペーンの効果もあって突発的に売上は伸びたものの、その後は売上が上がるどころか、徐々に下降傾向となってしまったのです。
そしてついには、バージョンアップ前の売上をも下回ったところで、落ち着いてしまったそうです。
その過程において、これまで長年ついてきてくれたいくつかの顧客まで失ってしまうことになり、その起業家曰く「間違いなくバージョンアップされた新商品のほうが優れているし、絶対に成功すると踏んでいたのに、原因がさっぱり分からない」ということでした。
こういったケースについては、その原因は様々考えられます。
例えば、慣れ親しんだこれまでの商品のほうが使いやすくて良かったと感じてしまった顧客が多かったり、タイミングを同じくしてライバルの新商品が販売開始されていたり…。
リニューアルと呼ぶほどの大きなバージョンアップというのは、極論を言えば顧客に対しても一定の負担を強いるものであって、かつ、同業他社のライバル商品に目を向けるきっかけをも与えてしまうという、いわば諸刃の剣でもあるのです。
ただ、今回はその原因を追究するのが目的ではありません。
「原因がさっぱり分からない」という、件の起業家が吐露してくれた正直な心境にスポットを当てたいのです。
要するに言い換えれば、「顧客はいちいちそんなことを教えてはくれない」ということなのです。
言ってくれるほうがありがたい…けど
さて、この例の通り、多くの人において、些細な不満やちょっとした不服を、ご丁寧に当事者へ明言してくれることなどほとんどありません。
これは、何事も内に秘めて抱え込むタイプの多い日本人だからこそ、よく見られる傾向であると言えるのかもしれません。
ほとんどの人は、不満や不服をいちいち口にすることなく、ただ黙って見切りをつけたり、離れていったりするだけなのです。
これは、商品やサービスに対する顧客のみに言えることではなく、例えば、自社で抱える従業員などについても同じことです。
職場に対する不平不満を並べ立て、早くから辞めたいという気持ちを宣言する人よりも、あずかり知らぬところで離職感情を助長させ、ある日いきなり退職届を突きつけるとか、その際には既に次の職場が決まっているとか、そういうケースのほうが怖いですし、事実、そちらのほうが多く見られるものなのです。
商品やサービスに対する顧客の不満にしろ、会社や組織に対する従業員の不満にしろ、はっきりと言ってくれるほうがまだありがたいし、対処のしようがあるということです。
トーストの切り方一つで…
他にも例を挙げてみます。
たまたまつい先日聞いた話ですが、喫茶店などでよくやっている「モーニングセット」。
厚切りトーストと温かいコーヒーといったイメージが強いですが、あのトーストの切り方にも、繁盛する切り方とそうでない切り方があるのだそうです。
うっかり激戦区などで誤った切り方をしてしまうと、徐々に客足が遠のいていくのだとか。
これなど、離れていくお客様は決して「トーストの切り方が気に入らないので…」などと口にすることはないでしょう。
トーストの切り方一つで、売上が左右されるといった事実を知らなければ、客足が遠のいてしまった原因など、永遠に不明のままです。
面と向かって、はっきりと文句を言ってくれるお客様のほうが、余程ありがたいと言うことなのです。
※参考 →「困難な状況に陥った時の考え方」 まさに文字通り、「クレームは実はありがたいこと」の節をご参照ください。
「便りのないのは良い知らせ」か
日本ではよく、「便りのないのは良い知らせ」「無沙汰は無事の便り」などと言われます。
実はこれ、英語でも「No news is good news.」などということわざがあるくらいで、海外でも広く知られている言説だそうです。
しかしながら、ビジネスにおいては、決してそうとは限らないのです。
黙って何も言ってこないのは、「もう興味がありませんよ」「もうお宅の商品は買いませんよ」といった暗黙のサインなのかもしれないのです。
中途半端でなく、心底不満や不服を感じた時は特に、人はあまり言葉を発せず、寡黙になってしまうことがあります。
つまり、物言わぬ人間が実は一番怖いという訳です。
気付いた時には既に手遅れ…といった事態を防ぐためには、このことを強く意識して、どんな状況においてもコミュニケーションを怠らず、相手の本音を引き出す努力をすること、とにかくこれに尽きるのではないでしょうか。
※参考 →「本音を掴み取る」