過去の栄光はリスクにもなる

起業してから、あまりにも自らの過去の経験や実績にこだわりすぎると、視野が偏ったり、思考が凝り固まったりして、せっかくの可能性を開花させる芽を摘んでしまうことがあるという危険性については、前回詳しく言及しました。

また、過去の経験や実績にこだわるパターンとして、「自分はもっと出来るはずだ」といういわば自信過剰のケースと、「自分はこの程度だったのか」といういわば自信喪失のケースという、ともすれば相反する2つのパターンを紹介しました。

※参考
→「経験にこだわりすぎない

そして、経験や実績にこだわりすぎて、斬新な発想や別角度からのアプローチが起きにくい状況に陥ってしまうことは、もはやその経験が「死んだ経験」でしかなく、起業成功のためには致命傷にもなりかねない危険な要素となることまで、最終的には踏み込みました。

出来る人ほど危険?

ところで、前職やサラリーマン時代などの過去において、輝かしい実績素晴らしい業績を残している人ほど、実はそういう状況に陥りやすいものなのです。

例えば、その功績を会社から称賛され表彰を受けたとか、営業成績が全国で常にナンバーワンだったとか、そういう人です。

「こだわってしまうだけの過去がある」ということなのでしょう。

そしてそれは、上述した自信過剰のケースのみならず、自信喪失のケースにおいても、実は同じなのです。

言い換えれば、起業においては、過去の輝かしい実績や素晴らしい業績それ自体が、大きなリスクになりかねないということです。

むしろそれがない人のほうが、過去の経験や実績にこだわらず、コツコツとした努力を継続出来るためか、起業して成功しているケースが多く見られます。

大事なのはコツコツとした努力を継続すること

これは決して、すべての人におけるすべてのケースにおいて、起業では過去の輝かしい実績や素晴らしい業績が足枷になってしまうということではありません。

つまり、そういった特筆すべき過去の経験のない人のほうが、起業では成功しやすいという話ではないのです。

大事なのは上述した「コツコツとした努力を継続出来る」というところです。

起業や起業家に対して、どうしても「一山(ひとやま)当てる」とか「一攫千金」といったイメージをお持ちの方がいらっしゃいますが、そういう方は大抵、起業の経験自体をされたことがない人です。

ひとたび起業して、その後の苦労や努力を経験した方であれば、実際の起業は非常に泥臭くて、面倒で、結局はコツコツとしたことの積み重ねでしかなくて…といった面が大きいという現実は、よくお分かりになると思います。

以下に掲げた過去ページで触れたように、「善は急げ」の局面は常にある。

その一方で、「急がば回れ」の面も、実はある。

いずれにしても、コツコツとした小さな努力を、気の遠くなるくらい積み上げたその先に、成功が見えてくるものなのでしょう。

起業というものは、本当に奥が深くて、摩訶不思議で、だからこそ面白くて、多くの人を魅了してやまない人生の選択肢となり得る訳です。

※参考
→「柔軟性と敏捷性がカギ」
→「PDCAを何度回せるか」
→「完璧な準備など存在しない」
「善は急げ」と一言で括るのは少々乱暴かもしれませんが、これらのページで言及している内容が、起業というものが持つ大きな顔の一つであることは、間違いありません。
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