起業家が絶対にやってはならないこと

起業家や経営者が、絶対にやってはならないことというものがあります。

巷では、「事業に失敗する」というのが唯一にして絶対のそれだ、というご意見もあるようですが、それは確かに(笑)。

ただ、ここでは、そういったそもそも論ではなく、通常の事業運営の中での御法度というものを考察してみたいと思っています。

私が考える、そのうちの一つは、従業員を試すような行為です。

もちろん、程度問題はあると思うのですが、私が言いたいのは、従業員一人一人に対する、組織への忠誠を試すような行為です。

「踏み絵」的な行為

多くの方が、「踏み絵」というものをご存知かと思います。

江戸時代に、幕府が禁止していたキリスト教の信者を炙り出すため、イエス・キリストや聖母マリアが描かれた絵や版画を踏ませ、それを拒否した者をキリスト教徒(キリシタン)と判断して厳罰に処したというものです。

「踏み絵」とは本来、ここで使われたイエス・キリストや聖母マリアが描かれた絵や版画そのものを指すようですが、実際にはそれを踏ませる行為や手段のことをそう呼ぶことも多いそうです(行為や手段については「絵踏み」と呼ぶのが本来正しいのだそうです)。

また、そこから転じて、何かをやらせたり試したりすることで、違反者や反対者を炙り出す行為や、忠誠や献身の度合いを測る手段のことを「踏み絵」と呼ぶようになったようです。

そして私が、起業家や経営者が絶対にしてはならないことと考えるものの一つ、すなわち、組織への忠誠を試すような行為と前述しているものは、まさにこういった「踏み絵」的な行為のことなのです。

実際にあったケース

私が実際に耳にしたケースをご紹介します。

経営状況のあまり芳しくない、従業員20名程度の中小企業がありました。

財務的にも逼迫しており、経理担当者は毎月の資金繰りに駆け回る日々でした。

ある時、そんな経理担当者から「いよいよ厳しい」といった相談を受けたトップ(オーナー経営者)は、もはや一時的にでも従業員の賃金切り下げを実施せざるを得ないという判断に至りました。

労働基準法などで、会社側から一方的な賃金切り下げは行えず、それ相応のしかるべき手順が必要であるということは、そのトップも分かっていました。

ただ、その時のトップには、そういったしかるべき手順をしっかり踏んで、一律で従業員全員の賃金切り下げを実施するだけの、経営者としての勇気も甲斐性も実行力もなかったのです。

そこでどうしたかと言えば、トップ(自分)とは創業以来の仲で、従業員の中でもとりわけ会社への忠誠心が高いと思われる5名を一人ずつ呼んで、賃金の切り下げを相談することにしたのです。

要するに、従業員全員の賃金切り下げは出来なくとも、その5名の賃金だけでも切り下げようと考えたのです。

そして、仲も良かったし、忠誠心も高いと思っていたため、5名全員が事情を理解し、口頭の相談のみで同意してくれるものと高を括っていたのです。

ところが実際は逆で、5名全員が、「家族がいるから…」「ローンや借金があるから…」「今の給料でギリギリだから…」などとあれこれ理由をつけて、賃金切り下げを頑なに拒否する事態となったのです。

その後結局は、彼ら5名から他の従業員にもこの話が広まってしまい、以来、トップと従業員の間には大きな溝が出来、社内の雰囲気は大いにギクシャクし、いよいよ倒産寸前にまで追い込まれてしまったということです。

仮にこの話、5名のうち何名か、あるいは全員が賃金切り下げに応じたとしても、結局最終的な事態は同じことになったでしょう。

実際に賃金を切り下げられた人たちは、その経緯がどうあれ、時が経てば最終的には「選ばれた者が負け」「選ばれなかった者が勝ち」「選ばれてしまっても拒否した者が勝ち」といった理不尽に対する大きな疑問に、必ず行き着くからです。

世の中には、意外とこういったお粗末な組織が多いものです。

要するに、「言った者勝ち」「断った者勝ち」といった理不尽な風潮が蔓延しているという組織です。

言い換えれば、「正直者がバカを見る」ような風土を、トップ自らが生み出してしまっているような組織です。

そういう組織は、遅かれ早かれ、時の経過と共に歪みが生じてきます。

これはもう、絶対と言ってもいいでしょう。

そして、そういった歪みの遺伝子のようなものは、関わる従業員の思考や行動にも歪みを生じさせ、ひいては、取引先や顧客などにも必ず負の影響として伝わっていきます。

厄介なウィルスに、次々と感染していくようなものです。

これは、件の会社の現状を見ても、あるいは私の経験からしても、もはや間違いのないことなのです。

それは、組織を歪め、壊すだけである

さて、私は「賃金切り下げ」という判断自体をとやかく言っているのではありません。

件のトップがしたことは、5名に対して一人一人順番に、「こういう事態だから、踏んでくれるか?」と、踏み絵の相談をしているようなものです。

ところが実際には、全員が踏まなかったという訳です。

そして、江戸幕府が実施した実際の踏み絵のように、踏まなかった彼らを処罰する勇気さえ、そのトップにはなかったということです。

賃金切り下げなどのデリケートな問題であれば特に該当するのでしょうが、会社としてネガティブなことをやるならやるで、トップとしてしかるべき手順をきちんと踏んで、毅然と決行するべきなのです。

従業員の忠誠心を試すような、そしてそれに期待するような、仮に期待に反しても何のお咎めもないような、そんな中途半端なことをするからおかしなことになるのです。

実際の踏み絵においても、最初はそれなりの効果はあったものの、そのうちにキリスト教徒にも拘わらず堂々と絵を踏むような者が増え始め、次第に期待したような効果が得られなくなっていったといいます。

要するに、こんなこと(踏み絵的な行為)は組織を壊すような結果にしかならないし、それがまかり通ったり、うまく調和を図るために必要な術(すべ)となってしまったりしているような組織は、既に大いに歪んでいると言わざるを得ないのです。

だからこそそれが、起業家や経営者が絶対にやってはならないことの一つであるのです。

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